前日の5日は、ピアノの発表会だったらしいのですが、上手く弾けたんかなぁ~・・・
初めての発表会の時には、コチコチに緊張していたが、今回はどうかなぁ~・・・などと気になっています。
また、そのうちビデオを観せてくれるやろとは思っていますので・・・楽しみにしてます。
チビ2号は、来年が新1年生に・・・私達も年を取るはずですね・・・
こうして振り返ってみれば、年月の経つのが、本当に速く感じられます・・・
あんなチビが大きなランドセルを背負い登校するなんて・・・
大丈夫なんやろか・・・などとジジババ感丸出しです。
来年は、どんなランドセルを選ぶんでしょうね・・・
今朝は、このランドセルの歴史を紹介した記事を転載してみようと思います。
~以下、4月8日読売新聞朝刊より抜粋~
戦時中 紙・竹・布で代用品

ランドセル
布製の箱に柳の枝を編んだふたを付けたり、アケビのような学校モノ
風景
風景
収蔵品は、東京教育大名誉教授の唐沢富太郎さん(故人)が全国の学校や古道具店などを回って集めたもので、紙のランドセルは「『ファイバー製』と聞いている」と、三女のるり子さん(59)。パルプを薬品で固めるなどした加工紙とみられ、通常の紙より硬く、厚みがある。柿渋のような茶褐色に塗られた表面は、ざらりとした感触だ。

明治中期、西洋式軍隊の背負いかばんを参考に学習院で使われ始めたというランドセル。オランダ語の「ランセル」(
大正生まれだった記者の祖母も晩年、「昭和20年4月、配給の赤い紙のランドセルを背負って長女が新1年生になった」と回想録につづった。当時、疎開先の栃木県で入学した母(76)によると、子供にもひと目で紙とわかる粗末なものだったという。「ペラペラで雨にぬれると破れ、すぐにダメになった。両親はふびんに思ったのでは」と振り返る。
終戦後も物資は乏しく、野球少年や花柄を型押しした豚革のランドセルが作られたものの、「高根の花」だったようだ。
昭和30年代以降は、牛革製が全国的に定着し、この20年余りは軽量の人工皮革が主流になっている。大手メーカー「セイバン」(兵庫県)が昨年東京・北青山に開いた直営店には、さまざまな色のランドセルが並ぶ。この春の人気は、光沢のある「パープル」だとか。
どんな時代でも、小さな背に注ぐ親の思いは変わらない。
(古沢由紀子)