靴材・バッグ材関連の開拓を
しかし…協力工場の廃業続きで…
特殊糸を編める機械が無くなった!!
その間、人生のリスタートを余儀なくされる事態となり・・・色々悩んだ挙句・・・社会人となってトーションレース業界に身を投じたものの会社の倒産・・・一時、5年程婦人服の小売りも経験させてもらったのですが、再び、トーションレース業界に戻ってきて、46・7年が経ちました・・・![]()
知り合いの会社の名前を借りて、私の売り上げの利益の50%を彼に渡すことを条件に仕入れ・支払いをお願いし6年余り頑張りました。
しかし、当時高校生やった息子が「大学行きたい」・・・と・・・
当時の収入では、子供達を食べさすことは何とか出来ても・・・大学までは・・・という状況やったんです。
そこで、資金を貸してもらえそうなところの府や国民金融公庫でお願いを繰り返して、何とか少ない資金ではあったものの平成元年8月1日に団地の1室で事業を開始しすることができました。
それからというもの、昼の内職さんやパートさんが帰られた後、夫婦で深夜の2時~3時まで商品の仕上げ作業をやり・・・朝6時過ぎには荷物を止めにして置いた運送屋へ車を走らせるという日常を繰り返している状態でした。
そんな、生活の結果、子供二人を何とか大学へ通わすこともでき・・・現在の住宅も購入することが出来ました。
気が付けば、私達夫婦も共に後期高齢者・・・傘寿が目の前にwww
時の流れは速いもので・・・仕事関係もトーションレースで特殊な糸をこなせる協力工場が全て無くなってしまい・・・靴材やバッグ材に関しては如何することも出来なくなってしまいました。
私が柄ごとに糸量など見積もりを出して記録していた大学ノートも23~24冊となっていますが・・・これも、必要なくなってしまいました・・・

