ELLの足跡

人は最後は一人だという…でも、…今は妻が傍にいてくれる…

異郷の地で再起の「かりんとう」作り!

 宮城県女川町で津波で工場を流された人が、

 作業所のスタッフの古里の鳥取県伯耆町で単身・・・再起をかけて

 事業再開をされた記事が載っていた・・・
 
 宮城県女川町で、かりんとうを作る食品会社を経営し、全国80か所の福祉施設に製品や生地を卸していました。障害者の自立を直接応援したいと、昨年12月に作業所も開設。軌道に乗ったと思っていたら、地震が起き、津波で工場を流されました。家族は無事でしたが、作業所の仲間11人のうち、自宅などで被災した2人が行方不明のままです。でも、負けていられません。作業所スタッフ残りの鳥取県伯耆町に単身で来て空き店舗を借り、6月に工場と作業所を再開しました。
  宮城県女川町⇒鳥取県伯耆ほうき
    阿部 雄悦さん 70
かりんとうに希望込め

ふるさと
  H 離れて

 再起のきっかけは、震災の1週間後、かりんとうの生地を練る業務用ミキサー2台を見つけた事です、工場跡のがれきに埋もれ、横倒しになっていました。
 「これが動けば、また、かりんとうを作れる」と奮い立ち、海水を被ったモーターを業者に交換して貰いました。伯耆町に運び、「キーン」という音を立てて動き出した時の感動は、言葉では言い表せません。
 再開後のかりんとうの生産量は、女川の時の3分の1ほどです。東北を中心に15か所の障害者施設に送り、包装や販売をして貰っています。「待ってたよ」「これで仕事が出来る」と喜びの声を聞くたびに、勇気が湧いてきます。
 妻(66)や、同居していた長男(42)夫婦と孫(3)は、栃木県と宮城の親戚宅で別れて暮らしています。「年だから無理しないで」と心配する電話越しの声に、家族の絆やありがたみを感じます。長男夫婦にもう直ぐ2人目の子供が生まれるので、逢うのが楽しみです。
 鳥取では温かい人の輪に恵まれました。店舗を紹介して、再開を支えてくれた福祉関係者や、作業所で働く仲間達。美しい朝焼けの大山も好きです。それでも、被災地に残る人達に「女川から逃げた」と思われるのは辛く、寂しいです。こちらで事業が成功したら、いつか女川にも作業所を再開したい。もう一度立ち上がるのに、年齢は関係ないと思っています。 


こんなにも前向きに頑張っていらっしゃる・・・それに引き換え、最近の私は・・・

前向きさが欠けて来ているように感じる・・・この方が仰るように再起するのに年齢は関係ない・・・

私も今一度・・・成せば成る!の精神を取り戻す良い機会にしたいものだ・・・